2010年03月22日

のび太、葉蔵を助ける!

「お母さん・・・、どこにいるの?
お父さん・・・、なぜ・・・、僕はここにいるのに・・・」

ブランデーとバラの香りが混ざり漂うバーの片隅で
涙しながら眠る葉蔵。
(ヨウゾウ:ハゾウと読んだ人がいるので念のため)

律子が葉巻に火をつけながらそっと見守っている。

シューベルトのアヴェ・マリアが流れている。
(歌うのは大貫妙子)

そして、もう一人そこに・・・いた。

「ねぇ、ドラえもん、助けてあげて!苦しんでる!悲しんでる!」


「のび太くん!まさか!これ使ったじゃないだろうね!」
「だって、置いてあったから・・・」
「修理中なんだから・・・、で、どこに行って来ちゃった?」

スロットルが少し壊れた<物語探検ツアー>の横に
『人間失格』の映画のチラシが落ちている。

「のび太くん・・・、この世界に行ってきたの?」
「うぅ・・・、葉蔵さんがかわいそう・・・、助けてあげて!ね、ドラえもん!」
「『人間失格』・・・、よりによってそんな世界に・・・。
無理だよ、いくらのび太くんの願いでも物語を変えることはできないんだよ」
「それを何とかするのがドラえもんだろ!」
「じゃぁ・・・」

・・・・・・・・・・・

「じゃぁ?」
「じゃぁ・・・、
どんな物語なのか教えてくれる?」
「え・・・、それは・・・、太宰治の『人間失格』だよ・・・。」
「小説じゃなくて、映画のだよ。
君が観たのは映画のチラシ。
小説じゃなくて。」
「わかんないよ!
僕が見たのは、
薄暗いお店に泣きながら寝ている葉蔵さんがいた所だよ・・・。
やさしそうなおばさんもいた・・・。」
「そこに何かなかった?」
「写真・・・」
「葉蔵さんの子どもの頃の写真・・・」

太宰を読んだのは10代後半だった。
もう30年前になる。
今読めば、
また違った読み方になると思うがあえて読まずに、
観た。

小説を忘れ、映画を観た。

映画『人間失格』

「生まれて、すみません」

葉蔵は子どもの頃に、すでにこの台詞を言っている。

映画では、
なぜこの言葉が出てきたのかのヒントになるものはそれほどない。


地獄絵図とのび太が見た写真を撮ったときのエピソード。

地獄絵図だけでは何が起こったのかはわからない。

映画から確実に言えるのは、
そこに肉親が一人も出てこないことだ。

母親の影がない。

父親も出てこない。

父との思い出は、
子どものころの誕生日に
父から馬車に乗ってよいという許可が出されるところだ。
しかも間接的に。

のび太が見た写真は、
その誕生日に撮った集合写真。

同じ年頃の女の子が十数人写っているが、
男の子は一人もいない。

その写真は父が亡くなったときに渡されたもの。
父が自分の存在を認めてくれていたものだ。

つまり、自分と父を結びつける唯一の証明だ。
そこに父はいなくとも。



葉蔵の母は、
物心ついたときには、この世にいなかったに違いない。

だから、
無意識にでも強烈に、
この世にいない母の愛情を求めていた。

それがわかるのは、
薬物中毒になり津軽で療養しているときの鉄とのシーン。

そして、それまでの女性関係がそれを裏付ける。

母のような女性を求め、
自分が親になってしまうのを避ける。

葉蔵は子ども時代を過ごしていないのだ。


世の中は戦争に突入しようとしているのに、
自分は高等遊民として絵や漫画を描く。
何もしていなくとも周りが世話を焼いてくれる。
意思を持てず、何をしたいのかもわからない。


父が死に、
子ども時代の添い寝という儀式を終えた葉蔵は
津軽から東京へ。

父を許し、
新しい人生を始めるべく東京に戻った葉蔵をのび太は見たのだ。

そのことはアヴェ・マリアを使ったことでもわかる。

この映画のバックに流れるシューベルトのアヴェ・マリアは
1814年、シューベルト28歳の頃の作品。

イギリスの詩人ウォルター・スコットの「湖上の美人」のなかで
少女エレンが湖畔の聖母像に父親の罪を許してもらうよう祈りををささげる歌といわれている。

映画『人間失格』は、
子どもから少年期にかけての強烈なトラウマから狂ってしまった小説『人間失格』ではなく、
もう少しソフトに、
子ども時代の母や父への愛情の渇望から人生を狂わせてしまったように描いている(ように感じる)。

廃人と自覚し、
自ら人間失格とレッテルを貼り、
ただ生きている存在となった小説とは違う。


小説を知っていると
毒がなくて『失格』する物足りなさを感じる。
ただ、何か未来を感じる。

そのように感じさせる、
冒頭のシーンに始まり、
冒頭のシーンで終わる。

それでも のび太には十分救済の対象だった。

「わかったよ。助けてあげよう!」
「やったぁ〜!」
「じゃ、まず、CDプレーヤーを持ってきて!」
「はい、これ!」
「じゃぁ次は、
MAOちゃんの『夢をかなえてドラえもん』の
CDをセットして再生して!」

♪♪心の中 いつもいつも描いてるぅ
夢を乗せた自分だけの世界地図(タケコプター!)
空を飛んで時を越えて 遠い国でも
ドアを開けて ほら 行きたいよ 今すぐ(どこでもドア!)♪♪

「それから何でもいいから紙と鉛筆をもってきて、
この音楽を聴きながらストーリーを考えてみて!」

♪♪やりたいこと 行きたい場所 見つけたら
迷わないで靴を履いて出かけよう(タイムマシーン!)
大丈夫さ 一人じゃない 僕がいるから
キラキラ輝く 宝物探そうよ(四次元ポケットォ!)♪♪

「葉蔵さんの好きなことは何?」
「絵だよ、漫画も凄くうまい!」
「それだよ。それを活かそう!」

♪♪大人になってもきっと忘れない
大切な思い いつまでもずっと♪♪

「あ、そうだ・・・、お父さんとお母さんがいないんだ・・・」
「じゃぁ、生まれたときのお母さんの嬉涙を見せにいこう!」

♪♪Shalalalala 僕の心に
いつまでも輝く夢
ドラえもん そのポケットで叶えさせてね♪♪

「よし!できた!」
「どれどれ?うぅーん・・・。」
「だめ?」
「いいよ、すごく良い!
葉蔵さんが幸せそうだ!
相変わらず駄目男だけど、のび太くんみたいに幸せだ!」
「そうでしょ!いいでしょ!」
「じゃぁ、修理も終わったし、<物語体験ツアー>にセット!」
「セット完了!」


♪♪Shalalalala 僕らの未来
夢がいっぱいあふれてるよ
ドラえもん 君がいれば みんな が 笑顔になる♪♪

もし、
この後のストーリーが展開されるとすれば
葉蔵は幸せになるのではないだろうかと予感させる。
そんな映画だ。
しかもものすごく平凡に。

(ただこれは、
この映画の評価をものすごく大きく左右するだろう。
1年後にわかると思う。)


・・・・・・・・・・

「パパ!ブログなんて書いてないで映画見たいんだけど!
つれてってよ!」
「映画?何?」
「ドラえもん!ドラえもんの<のび太の人魚大海戦!>」
「金魚?」
「金魚じゃないよ。人魚!」


※金魚にも注目!演出細かいです。
だから、いらない演出も・・・。残念。
あっ、スロットルちょっと壊れてたんだっけ・・・。
しかたないか。

 
ブログ中の♪♪内は
『夢をかなえてドラえもん』
(歌:mao/作詞・作曲:黒須克彦/編曲:大久保薫)
から抜粋。

 


 

  
posted by 一丁目のせいちゃん at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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